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東京家庭裁判所 平成元年(少イ)11号 判決

主文

被告人を罰金二〇万円に処する。

被告人において右罰金を完納しないときには、金四〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、ビデオテープレコーダー用映像の制作・販売等を業とする株式会社九鬼の代表者代表取締役であるが、同社の制作担当社員であった當麻竜也、同社が制作した「あぶないセーラー服」と題するビデオテープレコーダー用映像の録画監督をしていた斎藤久志、マウントプロモーション芸能家紹介所の名称で有料の職業紹介事業を行っていた原正明、その従業者であった石丸肇と共謀の上、法定の除外事由がないのに、右原正明が就労に関する管理権を有する児童であるIことO(昭和四八年一月二二日生)をして男優を相手に互いに全裸で性戯、模擬性交などのわいせつな演技をさせる目的をもって、昭和六三年七月三〇、三一日ころの二日間にわたり、東京都渋谷区渋谷一丁目七番五号青山セブンハイツ一、一〇二号室スタジオ「セクシーラビット」などにおいて、右「あぶないセーラー服」を録画するに際し、右児童をその主演女優として就労させ、もって児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的でこれを自己の支配下に置いたものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、

一  被告人が検察官指摘のビデオ録画に本件児童を主演女優として出演させたことはあるけれども、それは、同児童を「自己の支配下に置いた」ことにはならない、

二  被告人は、原正明との間で、同児童をその支配下に置くことについて、共謀していない、

三  被告人は、本件児童が本件当時一八歳未満であることは全く知らなかったところ、児童福祉法六〇条三項の「使用者」でないから、被告人の行為は、罪とならない

四  被告人は、本件児童の年齢確認義務を尽くしているので、無過失である、

したがって、いずれの理由からも、本件について被告人は無罪であると主張する。

所論一について

当裁判所で取調べた関係証拠を総合すると、

本件児童は、前判示の日時場所において、同判示のビデオ録画の際、主演女優として出演したものであるが、その演技が、男優を相手に互いに全裸で露骨な性戯、模擬性交などをするわいせつな内容であって、「児童の心身に有害な影響を与える行為」と言うほかないこと、

本件児童の右演技は、直接には、ビデオ録画監督としてシナリオ作成、演出、その他録画現場での作業を統率していた斎藤久志の指揮の下で、概ね事前に立てた計画通りに実行されたものであること、

斎藤監督は、株式会社九鬼から委嘱され、同会社の組織の一員として所定の職務に従事したものであり、同社の代表者である被告人からは、例えば、事前の企画段階で、最初に「からみ」(男女の絡み合う性行為の場面)を録画するようにとか、シナリオ原案に対し「からみ」さえ入っていれば商品になるというような具体的指示を受け、また、録画後の編集上も試作ビデオの点検時に再編集を指示されるなど、被告人の事前事後の承認と指示の下で行動していたものであること、

被告人は同会社の代表者として従業員を指揮監督する地位にあり、必ずしも規模の大きくない同会社の実務において、判示ビデオの制作を含む業務全般を統括し、この種の作品で最も重要な主演女優の選定の最終決定を自ら行い、本件児童の所属するマウントプロモーション(原正明の個人企業)との間で出演契約を結び、録画の現場責任者の斎藤監督をして、本件児童の指揮監督を実行させていたものであること、

本件児童は、原正明と契約する段階では自由意思であったのは当然であるものの、契約によりある程度拘束を受けるのを承認したうえ、同会社の録画現場に赴き、録画監督の斎藤、延いては、被告人の指導監督の下に前記の演技をしていたものであり、その指揮監督から理由なく逸脱するときには、出演契約違反の問題を生じ得ること

が認められるから、被告人は、斎藤監督を介し、児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもって、同児童の意志を左右できる状態の下に置いたもの、すなわち、本件児童を自己の支配下に置いたものであることは明らかである。録画監督その他の従業員が演技の実際の場面で便宜上本件児童の意思を十分尊重していたとしても、この認定を覆すことはできない。

所論二について

被告人は、本件児童と専属契約を結び抽象的には児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的で本件児童をその支配下に置いていた原正明との間で、具体的に児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的で本件児童をその支配下に置くことになる判示のビデオ制作のため、同児童の出演契約を締結しているのであるから、両者の間に原の従業者石丸肇及び自社の従業者當麻竜也が介在していたとしても、それらを通じて、原との間に順次共謀が成立したことも優に認定できる。

所論三について

児童福祉法六〇条三項の「児童を使用する者」とは、同条項を特別に設定した立法趣旨等に照らすと、雇用契約上の雇主に限られず、児童との身分的又は組織的関係において児童の行為を利用し得る地位にある者と解するのが相当であるところ、関係証拠によれば、被告人がこのような者であると認めることができる。すなわち、株式会社九鬼は、前記のとおり、本件児童と専属契約を結んでいた原正明と同児童の出演契約を締結し、その契約の効果として、ビデオ録画の業務上直接同児童を指揮監督し、同児童の行為を利用し得る地位及びこれに基づく権限を取得していたものであるところ、被告人は、同会社の代表者として、斎藤監督をしてこの権限を行使させていたものであるばかりではなく、判示の児童支配の実質上の行為主体であったと理解すべきであるから、児童との組織的関係において児童の行為を利用し得る地位にある者であったと認めるのが相当である。同会社が直接に児童と出演契約を結ばず、したがって、同児童の出演報酬を同会社から直接児童に支払われず、原正明に支払われたとしても、同会社が同児童に対する業務上の指揮監督権限を取得したことを左右するものではない。被告人は、本件において同条項の「児童を使用する者」に当たると言わねばならない。

所論四について

被告人が本件行為当時本件児童の年齢を一八歳以上のものであると信じていたとしても、そう信ずるについて過失がなかったと認められない。すなわち、本件児童は、高額の出演料を得ようと考え、姉の生年月日を自己のそれのように偽り、一八歳と自称し、そのように虚偽記入した学校発行の身分証明書を提示していたものの、実際には当時満一五歳に過ぎず、多くの者に自称年齢より若い童顔の少女との印象を与えていたこと、被告人自身が短い時間ではあるけれども、路上で同児童を紹介され、同児童と面識を持ち、契約に際し、写真を見て部下の當麻に「この子は顔が幼いから年齢を確認しておけよ」と指示し(斎藤久志の平成元年六月二日付検察官に対する供述調書謄本)、同児童の年齢に危惧を表明していたことすらあったこと、本件ビデオ録画における女優の演技が演技者としての特別な才能や技能を必要とするものではなく、性交体験と自由で奔放な性意識すらあれば可能な程度のものであるから、同児童のような無分別な少女が年齢を偽って、高額の出演料を得ようとして出演を希望することがあり得ることは、この種のビデオを制作販売する業者として当然予期すべきものであったこと、被告人は、原正明の側から提出された面接結果や前記身分証明書写し等の資料及び部下の同児童との面接結果を聞いたのみで、自身で又は部下をしてそれ以上に同児童の年齢確認を尽くしていないこと等を総合すれば、被告人が年齢確認について無過失であったとは到底認められない。

以上のとおり、各所論は、いずれも採用できない。

(法令の適用)

判示所為について

児童福祉法三四条一項九号、六〇条二項、刑法六〇条(罰金選択)

罰金の換刑処分(労役場留置)

刑法一八条

よって、主文の通り判決する。

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